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  • 日々の気づき

2026.07.25

一歩踏み出したら見えてきた 真に委ねるということ


最近、直感や大いなる導きを感じることがあり、ある新しい行動を一歩踏み出してみました。
自分から動き始めると、心の中がザワザワし始めたのです。「他者はどう思うだろう」という不安や、様々思考で静寂がなくなりました。
でも、これこそが気づきのプロセスなのです。
結局、私は「自我(自力)」で動こうとしていたからこそ、ザワついていたのです。
自我というものは、そもそも何でも恐れるし、うまくやろうとするし、細かいことを気にするし、周りの評価を気にする性質を持っています。動き出したからこそ、その自我の性質がリアルに表に出てきただけだったのです。
でも、本当は違います。
今回、私を動かしてくれたのは、私個人の力ではなく、私の中にある「聖なる力(大いなる導き)」でした。
自我の性質に気を取られているときというのは、その自我を超えたところにある「他力」をすっかり忘れて、自分が主役になって動こうとしてしまっているのだと思います。
私たちの目の前にはいつも、一つの選択しかありません。
「自我(自力)でやるか、自我を超えた他力(神・聖なる力)に委ねてやってもらうか」。
「私がやる」のをやめて、「他力に私を使ってもらう」へと意識をシフトすること。自我が騒いでいることに気づいたら、ただ一呼吸置いて、その大いなる流れを信頼して委ねてみる。
何か新しい一歩を踏み出して心がザワザワしているときは、自分が動こうとするのをやめて、大きな力(他力)に委ねていく大切なタイミングなのだと思います。
すべては神の計らいなのですから何の心配もいらないのです。
  • 日々の気づき

2026.07.18

腹一つ

「腹一つ」という響きが、思考を連れ去っていく
日々のなかで、気づけば頭があれこれと忙しくストーリーを紡いでいることがある。
先のことをコントロールしようとしたり、現れた現実に善悪のラベルを貼ろうとしたり。
そんなとき、ふと、内側から湧き上がる言葉があった。
「腹一つ、神のお示しますまま、腹一つ」
その瞬間、驚くほど静かに、うるさかった思考がパッとどこかへ飛んでいってしまった。
頭(エゴ)のなかで「どうにかしよう」と握りしめていた手が、強制的に開かされたような感覚。
「腹一つ」と意識を肚に落としたとき、そこには損得も、未来への不安も、過去の後悔も存在できない。ただ、圧倒的な「いま」の静寂だけが残る。
私たちがいくら頭で計算したところで、この現れは大いなる全体(神)の流れそのものだ。個人の私がコントロールできることなど、本当は何一つない。
「神のお示しますまま、腹一つ」
それは、自分の小さな計らいをすべて諦め、ただこの身一つで、現れる現実のすべてを丸ごと迎え入れるという降伏(サレンダー)。
「する私」が消え去り、ただ全体としての「在る」に深く根を下ろす。
頭がどれほど騒がしくても、お腹の奥底はいつも知っている。
何も足さず、何も引かず、ただ腹一つでここに在ることの、圧倒的な安心感を。
  • 日々の気づき

2026.07.09

一呼吸の中にある命を見つめる

私たちは毎日、無意識のうちに何度も呼吸を繰り返しています。
この、あまりにも当たり前で普段は意識することすらない「呼吸」にこそ、私たちの命のすべてが息づいています。
お釈迦様は、「アナパーナサティ(出入息念)」と呼ばれる呼吸の瞑想を説かれました。
息を吸うときは「吸っている」とありのままに気づき、吐くときは「吐いている」とただ自覚する、極めてシンプルな実践です。
この呼吸を深く見つめていくと、ある特別な瞬間に気づくことがあります。
それは、「吸う息」と「吐く息」のちょうど間にある、ほんの一瞬の隙間です。
息を吸いきり、それを吐き出す直前の、一瞬の止まった時間。
そこには、完全な静寂があります。
「生涯とは、たった一呼吸の積み重ねにすぎない」とも仰いました。
私たちの命は、過去にあるわけでも、未来にあるわけでもありません。ただ「いま、この一呼吸」の中にだけ、確かに存在しています。
その一呼吸の、さらに「隙間」にある静けさに意識を向けるとき、私たちは思考から解放され、命そのものの源へと立ち返ることができるのです。内なる彼方の発見です。
忙しい日々の中で、ほんの数秒だけでも。
吸う息と吐く息のあいだにある、その静かな「間」を見つめ、ご自身のなかの命の響きに、そっと触れてみませんか。
  • 日々の気づき

2026.07.04

「私が考えている」という勘違い

私たちは日々、頭の中でずっと「おしゃべり」を続けていますよね。
「今から何も考えないぞ!」と思っても、次から次へと勝手に思考が浮かんできませんか? そう、実はその考え、あなたが考えているのではないのです。
マインドのおしゃべりは、過去の経験や潜在意識が自動的に再生しているデータにすぎません。つまり、頭に浮かぶ「考え」はすべて過去の遺物であり、真実ではなく、ただの「個人的な解釈」です。
ここで、とても大切なことに気づいてほしいのです。
「起きた出来事」そのものが、あなたを苦しめているわけではありません。
本当の苦しみは、その出来事に対して、マインドが勝手に貼り付けた「最悪な解釈」から生まれています。
現実はいつもただシンプルに起きているだけ。
「あ、この苦しみは出来事のせいじゃなくて、ただの自動的な解釈なんだ」
そう気づくだけで、マインドの重縛からすっと解放されていきます。現実は、ただ淡々と起きているだけ。そこに良いも悪いもありません。
苦しい映画を観て涙を流すように、私たちはマインドが作り出した「解釈」というストーリーに怯えているだけなのです。
スクリーンに映る映画(解釈)から一歩引いて、ただ静かに起きている現実を眺めてみる。
それだけで、世界は驚くほど優しく、静かなものに変わっていきます。
  • 日々の気づき

2026.07.01

幸せでいることを選ぶ

今この瞬間、ただ幸せでいることを選ぶ」それしかないんだ。
外側の状況が変わったら幸せになる、ではなくて。
何かが手に入ったら、あの問題が解決したら、ではなくて。
外側をコントロールしようとするのを、一度ぜんぶ手放しよう。
外を変えるのではないんだ。
理由なんて分からなくてもいい。
仕組みなんて理解できなくてもいい。
ただ、「今この瞬間、私は幸せでいる」と、自分で決めて、それを受け入れること。
幸せでいること。
それがあなたの本当の使命であり、大いなる源(神)の願いそのものだから。
私たちが今この瞬間、本当にできることは、実はそれしかないんだ。
だから、分かんなくてもいいから、今この瞬間、ただ幸せでいることを選択してほしい







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