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  • 日々の気づき

2026.09.03

実践奇跡のコース 流しのコップの山と、世界を救う小さな許し

今日は不平不満に気づく一日にしようと思い
朝、キッチンに立った瞬間、流しに積み重なった家族のコップ。
「またこんなに……」「なんで私が片付けなきゃいけないの?」
不平不満が早速出たー
でもこれってきっと無意識で毎回思ってるかも………

「めんどくさい」「私ばっかり」

以前の私は、その思いをみつけたとしても必死で抑え込もうとするか、心の中で家族を裁判にかけるのに忙しくしていました。でも、最近はちょっと違う実験をしています。

この「イラッとした瞬間」こそが、私にとってに「許しの機会」、「世界を救う練習」なんだと気づいたからです。

「許し」とは、とての簡単にいうと自分の見方を聖霊に手放すこと

「私が世界を救う」なんて聞くと、特別な話のように思えるかもしれません。でも、私たちの目の前に広がっている世界は、すべて自分自身の心の映し出し(スクリーンの映像)です。

画面の映像をいくら拭き取ろうとしても、映写機(自分の心)の中にある「攻撃」や「不満」の手放しが進まなければ、同じようなイライラは形を変えて現れ続けます。

だからこそ、コップを見て「なんで私が」と思ったその瞬間に、こうやって心の中でつぶやいてみます。

「あ、また『私だけが被害者』っていうエゴのメガネをかけてたな」
「私は何も分かっていないから、このイライラも、間違った見方も、全部丸ごと聖霊にお預けします」

やり方は本当にこれだけです。
正しく委ねようと深刻になる必要もありません。「あーもう、全部まとめて持っていってください!」と、大雑把に段ボールに入れて渡してしまうくらいの感覚で十分なんです。

あなたにしか救えない世界がある

あなたの見ている現実を、愛と平和の視点に書き換えられるのは、その世界を認識している「あなた」しかいません。

「なんで私が」という小さな不満に気づき、それを手放して心がホッと温かくなるとき。
それは、あなた一人だけの解放にとどまらず、深いところでつながっている世界全体をちょっとだけ軽やかにしています。

毎日の面倒な家事も、本当はあなたを苦しめるためにあるのではなく、「ここにまだ手放せる誤解があるよ」と教えてくれる愛の機会。

今日も不満が出てきたら、「あ、世界を救うチャンスが来たな」とニッコリ笑って、どんどん聖霊の足元にポイポイ渡していきましょう。
  • 日々の気づき

2026.08.24

「私が変われば、世界が変わる」という根拠のない安心感

瞑想や修行もやりつつ、最近は「奇跡のコース」を継続して学べている。10年ほど取り組み始めては挫折していたが、沙羅の樹の長年のお客様などの身内の様な方々と奇跡のコースのワークブックを1からみんなで始めた。お陰様で私も続いている。奇跡のコースをみんなでやるような時代が来るとは…感慨深い。

コースが教えてくれたこと。私が変われば世界がかわる………
行動を変えるのではないよ。思いを変える。この世界は私の心の投影だったよね。

外側の状況がまだゴタゴタして見えていても、自分の内側が訂正されると、「あ、もう大丈夫だ」という深い納得感が残ります。

「相手や世界を外側から変えようと駆け回る必要はなく、自分が愛の視点に戻ることこそが、唯一にして最大の解決策(救い)である」という確信がそのまま信頼へと変わっていきます。


水面に落とした一滴のしずくが、見えなくても波紋となって池全体に広がるように、心の中で起こった「たった一つの愛の選択」が全体に広がります。

真の癒しとは自分だけの癒しではないのです。
真の救いとは自分だけの救いではないのです。
私たちという存在の真実にみんな少しずつ気づき始めています。
そして世界に光が少しづつ広がってきます。
内なる光を灯すことが世界にも光をともすことになります。
ワンネス………
すべては一つですから
  • 日々の気づき

2026.08.12

瞑想と真我

「瞑想って何ですか?どうするんですか?」などと聞かれることがあります。
瞑想とは、どこかへ向かうためのでも、何かを為すためのものでもありません。外側に向いていた意識を、ただ本来の自分の源へと還すことです。
私たちは元々、内側の深い静寂である「真我」そのものです。けれど日々の暮らしの中で、思考や感情という衣をいくつも重ね着し、本当の自分をすっかり覆い隠してしまいました。
私たちの内側には「真我」という強力な磁石が常に存在しています。外側の活動を休めて静かになると、心はその磁石に吸い込まれるように、自然と源へと引き寄せられていきます。
意識を真我に向け続けていると、やがて様々な想念は消え失せ、「私」というエゴも溶けていきます。そこに残るのは、名前も形もない、ただ存在する至福(サット・チット・アーナンダ)だけです。
日常の思いの中に引き戻されそうになったら、また静かに内なる磁石を思い出す。瞑想とは、時間をかけてどこかへ行くことではなく、最初からここにあった本当の自分に気づいていることです。
瞑想のポイントは
外から内へ:外側の出来事に向いていた意識を、内なる源へ戻すこと。
思考を脱ぐ:感情や考えという「覆い」を脱ぎ捨て、本来の自分(真我)に集中すること。
ただ「ある」を味わう:静かになることで内なる磁石に引き寄せられ、エゴのなくなった静かな至福にとどまること。
  • 真理の言葉 聖者の言葉

2026.08.10

すでに真我である

真我は到達しなければならないような、どこか遠い所にあるのではない。
あなたは常に「それ」なのである。
ただあなた自身を非真我と自己同一視するという習慣を棄て去らなければならないだけである。
すべての努力は、ただそのためだけにある。
  • 日々の気づき

2026.07.31

「助けたい」の奥にあったもの

学びを深めていると、時々「愛の仮面をかぶったエゴ」に出会うことがあります。
「こんなに素晴らしい視点があるよ」
「この本当の楽さを知ったら、もっとその人も救われるのに」
「もったいないな」
そんな風に、相手を想う優しさや親切心から湧き出たと思っていた気持ち。
けれど、その根底をじっと見つめてみたら、実はとても巧妙なエゴが隠れていたことに気づいて、目からウロコが落ちました。
「もっと楽になってほしい」という思いの裏には、無意識に「今のあの人は、まだ真実に気づいていない不完全な状態だ」と決めつける、私自身の判断がある。
本当の愛とは、相手を説得することでも、正しい方向へ導くことでもない。
「今のその人のままで、今この瞬間も完全に愛されている存在なんだ」と、相手のプロセスを100%信頼して、そのまま置いておけること。
誰かを「救わなきゃいけない存在」にするのをやめたとき、自分自身の心も、すーっと本当の自由を取り戻しました。
日常の中で感じる「どうしてあげればいいだろう」「少しめんどうだな」「どう伝えればわかるかな」という様々な思い。
それらはすべて、私の中にあるエゴを優しく炙り出し、手放させてくれるための「最高の教師」だったんだなと深く感じています。
外側の世界を正そうとするのをやめて、ただ内なる静けさと愛に立ち返る。
常に目の前の出来事を通して、大切なことを教えてもらえます。
自我ではなく神を選ぶということ、恐れではなくあいを選ぶということを意識していきたいです。

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