愛ある人
愛ある人となろう。
愛はこの世界で唯一のエネルギー、愛は生命力。
愛ある人は、愛を与えます。
与えることは受け取ること。
愛を与えた人は、愛を生命エネルギーを受けとります。
だからって打算的に、自分が受けとり満たされるために与えるのは、真に愛ある人ではありません。他者の幸せのために尽くす気持ちで愛与えるのが愛ある人だ。
真に愛ある人になろう。
真に愛を与える人となろう。
それが至福に至る道。
ゼロに戻す
現代社会では、何か問題に対して物質を使って解決する傾向にある。臭い匂いには芳香剤、洗濯物にも多くの柔軟材がある。物も情報も多く、それが気づかぬストレスとなっているように思う。
余分なものをなくしていってシンプルになっていく、それが自然な姿であり幸せではないだろうか。
マイナスの健康法、サプリや栄養素を足すよりも、添加物を多く含んだものや体に負担のあるものを減らす。マイナスの美容法、化粧品を増やしたり高価な物にして綺麗になるのではなく、負担のあるケアや化粧品をやめて本来の健康な美しい肌に戻す。
個人の選択ではあるが、物に頼らなくても私たちは幸せであれる。いやその方が幸せだと思う。断捨離もそう。
長年沙羅の樹で縁ある方々に様々なセッションをさせて頂いて、精神に対してのマイナスの方法・・・手放し、許し、解放の必要性を感じる。
あなたがここにいるのは何かを成し遂げるためではなく、自分や他人に抱いている間違った信念や観念をゼロに戻すため。
この3次元地球は行動の星、何かを成し遂げるのは素晴らしいことです。でも最も大切なのは心です。ゼロとは何も無いのではなく、唯一の実在である愛、空(くう)です。
幸せに生きるという決意表明
幸せになりたいなら、まず幸せの波を発すること、これができているだろうか。
私たちの思い考えは波動として、世界にはなたれている。目の前の現実は自分が過去に発した波が作ったもの、自分が心で発信したものを体験するのがこの世界。
仮に今、どんな状態でもその中で小さな幸せや感謝を見つけて、それに浸る瞬間をなるべく繰り返す。どんな中にも喜びをみつけてささやかな幸せを見つけてそれを深く味わう、その瞬間幸せであるし、その瞬間から幸せの波を出していてその発せられた波は自分に戻ってくる。
また、いまの自分に不快な現実だって、自分の心のフィルターを通してそれが嫌だったり苦しかったりするだけだから、フィルターを変えれば全く違って見える。
このフィルターはそれぞれの心の癖や習性。これを変えていく決心をしよう。
まずは心を決めること、そして実践、繰り返し繰り返し・・・・
愛の星
地球は愛の星。なのに長い間ネガティブな波動にさらされてきました。
このネガティブな波動は私たち人間によって発せられてきたもの。
でも私たち人間も神の子であり、愛の表現体であり、愛の魂であり、愛そのものの分霊なのだ。
今、地球を助けるために、愛の星として蘇えるために一人ひとりが日々愛と調和を表現していこう。
「どうか愛の媒体としてお使いください」と謙虚な心で神に祈ろう。
神とはこの宇宙をお創りになった愛そのもののこと。
この宇宙は愛の法則のもとに調和を保ちながら形成されている、神の臨在、愛の臨在のもとに。
すべては心 すべては愛
大切なのは心の悟り。
真理を学んで知識を得ても、教えを実践してなければなんの意味もない。
お釈迦様もおっしゃっている、お釈迦様が説いた教えを有難いと聴いても実践しなければ意味ない。
実践は各人の日々の心、言葉、行い。
そして心が大切、すべては心の現れ、言葉や行動はごまかせても心はごまかせない。
そして、この心は神々や仏陀方には筒抜けである。だから、いつも神がご覧になっていると思って生きよう。神が衆生を愛するように愛そう。
この地上の調和度も私達の心の調和度にかかっている。心が調和度が高いというもはすなわち愛の思いで満ちているということ。
慈悲と空は解脱への両翼、バランスよく保ち修行することが大切だと、師はおしえてくれた。
慈悲とは愛、衆生への愛、神への愛。空性の理解によって執着を離れてエゴのために生きるのをやめて,他者のためにひたすら他者の利益のために生きよう。
それが愛に生きるということであり、そのために地上を生きているのであり、カルマを解消し、真の悟りに至る道だ。
神とは愛であり、私たちは同じ愛でできた神の子であるのだから
悟りに至るというよりは神の御元に帰るということ。
全力で愛を生きて神の御元に帰ろう。